未来と将来〜Radiohead『OK Computer』細見

 『OK Computer』は非常にポップである。ポップの定義のひとつは儲けていることだ。経済効果を上げることは現代の世界においては支持を受けることと同義である。言いかえれば金を稼いだ存在がポップである。また、ポップであるためにはわかりやすくあらねばならない。いかに普遍的に受け入れられるか、である。この普遍的受容を作るには二つ方法がある。ひとつは往年の手法を用いることだ。メジャーコード、二拍目・四拍目のスネア、バスドラム四つ打ちなど、過去に売れた作品の一部を模倣し取り入れればよい。あるいは時代性を盛り込む、もっと端的にいえば流行のエッセンスを加える方法もある。もうひとつは余地を残すことだ。作品に触れた者がそこからさらに妄想を膨らませられるだけの空白を設けること、とも言える。謎をすべて明かさずに少しだけ残しておく。傍目には神秘性を帯びているようにも見えるだろう。『OK Computer』というレコードは上記二つのいずれをも所有していた。パーソナルコンピュータが一家庭に一台置かれることが常識となりつつあり、「世紀末」という単なる数字の問題に言いようもない焦燥を覚えていたあの時代に、タイトルと無機質なジャケットワークは完全に合致していた。のみならずあのジャケと歌詞の意味とを完全に理解していた人間がどれだけいたというのだろう。とにかく『OK Computer』はポップな存在であったという主張に対して一切の反論は出来ないはずだ。
 タイトルを引くまでもなく徹底的にエレクトロニクスへの接近が認められるのも興味深い。「Fitter Happier」(この曲は、以前ジャズバンドをやった際にインタールードとしてかけたので思い入れがある)のように解り易いものから「Paranoid Android」のクリアーな歪みまで緻密に加工されている。「緻密」な作業はエレクトロニクスのお家芸だが、しかし血と肉とを喚起するロックには果たして重要な存在なのか。もっと単純に言えば、『OK Computer』をロックと認めてしまったとき、音楽の系図はどのような様相を呈してしまうのか。ここまでの問題を投げかけるほどにエレクトロニクスは絡んでいる。さながら人工の骨格や心肺と点滴を施され、意思はすべて脳に直結させた電気信号が伝えている。こうして辛うじて存在を保っているかのようなこの「人間」に、果たして「人間」という形容を与えてしまっていいものか。言うまでもなく上記の問題に対して「人間ではない」と意見すれば「それは差別だ」という反論を受けるだろうし至極尤もだろう。したがって、我々は『OK Computer』をロックであると定義せざるを得なくなり、ロックにはひとつの風穴が開けられた。そして、この「風穴」ゆえに音楽は拡張を続けるはずだった。
 穴というのは不思議なもので空けられた瞬間、空けられる以前にそこに何があったのかを即座に人の記憶から抹消してしまう。いつも通っている道で、前日まであったはずの建物が無くなっていたとき、そこに何が建っていたのかが思い出せないという経験はないだろうか。あるいは空っぽになったテナントを見て、そこにどんな施設があったのか即座に出てこなかったり。『OK Computer』の空けた風穴も同様である。Radioheadというバンドが穴を空けたのは知覚できるとして、果たして彼らが何に対して鶴嘴をぶつけ、ドリルを押し当てていたのか。彼らが壊そうとしたもの、もしくは結果的に壊してしまったものとは何だったのか、穴が空いてしまった現在となっては知ることが出来ない。だが、確実に穴は存在し、いろいろなものが流れている。DJ Shadowが「あの作品(=『OK Computer』)から派生したと感じるアルバムは聴いたことがない」と述べている所以がここにある。何を崩していたのかが把握できなければ崩そうとすることさえ出来ない。ゆえにRadioheadは孤高の存在となってしまい、一切のフォロワーを生み出せなかった。U.N.K.L.E.「Rabbit in your headlights」はDJ Shadowの上記の理解あってこその作品(ちなみにこの曲のPVを監督したのはRadiohead「Karma Police」を手掛けたJonathan Glazerである。他にJamiroquai「Virtual Insanity」など)だと定義するのは過言だろうか。
 この十年間で『OK Computer』を超える作品をRadioheadは生み出していない。しかしこのレコードは現在も誰かに影響を与え続けている。換言すれば十年分の影響力をあの作品は持っているのだ。世間で「『OK Computer』なんて聴いてんの? あんなの過去の遺物だろ」と笑い飛ばすのが常識になるその日に、初めて音楽は次の段階へ進んだと言えるのかもしれない。そして、その日はまだ相当先のような気がしてならない。

 今回は以上です。