モテないし、ちょっと参詣するわ 第四話 はかた号 序章

ここからが本番です……が、カラオケ部の活動が終わったのは18時。

深夜バス「はかた号」が新宿バスターミナルを出発するのは21時。

先に申しました、今回の旅における最大の弊害が登場します。それは「暇」です。

カラオケ終了後から出発までの空き時間があることを知ってはいたのですが

筆者は田舎者ゆえ眠らない街・新宿での過ごし方などトーンと見当がつかないわけで。

どこかで呑むか?と思いましたがこの時点での出費は避けたいところ。

西口へ回ってバスターミナルを確認した後、ジプシーよろしく歩き回るという手に出ました。

同じところを二、三周もすると居酒屋の客引きが明らかに「あれ、あの人……」

という視線を向けますがリュックサックを背負って煌びやかな新宿を徘徊する筆者。

最悪、カラオケもう一発(ソロ)行くかとも思いましたが、

なんとか19時まで引っ張りましてようやくバス待合室へ腰を下ろしました。

取り出したのは三島由紀夫仮面の告白です。

上京してきたのでしょう、連休最終日で疲れながらも充実した人々が談笑する中で

「自分がいかにして同性愛に目覚めたか」という誰得な暴露本を読む筆者。

しかもそこは待合室、居座ってせいぜい15分。筆者は二時間も粘りました。

粘りまくったおかげで『仮面の告白』は

「近江(三島の先輩)がタンクトップ姿で懸垂を行ったときに見えた腋毛がたまらねえ」

というあたりまで読み進めることができました。何なんだこれは。

ま、バスというか自動車の中で読むと筆者は確実に車酔いするタイプなので

今のうちに読まないと今後読む機会もなかったでしょうから

本が無駄にならずに済んだといった感じですかねえー。

さて、21時。いよいよ乗車です。座席は一階、エコノミークラスであります。

その名の通り最も安い座席で、すげえ狭いです。普通の路線バスと同じイスです。

天井にいたっては普通に背筋を伸ばそうものなら頭がこすれます。

「乗車する」というよりは「収容される」という形容がしっくりきます。

ちなみに本日の座席は全10席中、8席が埋まっておりました。

こんな感じです。(俺=筆者、男=男性客、女=女性客、空=空席)
 
 
男男 女空
男男 男俺
    女空
 
 
そりゃねーだろ。

何これ!?「女尊男卑」が叫ばれる昨今だけどこんな露骨な配置があるのかよ!

しかも筆者のお隣は40歳だとしても若すぎる、お腹の余剰ぶりも見事な塩梅のミドル。

勘弁してくれ……と思いましたが読者のみなさん、上の配置図をよくご覧ください。

そう、筆者の前と後ろが空席です!つまりリクライニング全開OKということです!

「地獄に仏」とはまさにこのこと。エコノミーは苦行に近いと伺っていたのですが

これはまあそこそこ過ごせる旅になるのかもしれない……と考えていました。

乗車して間もなく、乗務員さんがSOYJOYのケースを持って通過しました。

事前の調査で二階の乗客には軽食として配布されることを知っていた筆者は

「ああ、あれ上の客に配るやつだ……」とぼんやり考えました。

見せるだけ見せて通過、それがSOYJOYだとしても結構な所業ではないでしょうか。

つづいて長距離バス名物のビデオ放映。『新しい靴を買わなくちゃ』という映画でした。

主演は向井理中山美穂、舞台がフランス。監督は岩井俊二。音楽は坂本龍一

全力で興味を失ったため速攻でiPod起動です。音楽サイコー!

映画も終わった約二時間後、日本平PAに到着しました。

PAも最近はそのものが目的地として活用される施設。日本平PAも例外ではなく

公式サイトも賑やかですが現在23時のため、コンビニしか開いてません。

しかも、休憩も10分間しかなくこの次に乗客がバスを降りられるのは翌朝8時。

たとえ10分間でも貴重な外の空気なので存分に吸って車内に戻ると、あら不思議。
 
 
男男 空女
男男 男俺
    空女
 
 
おわかりいただけただろうか。

そう、前後の女性客が隣が空席であるのをいいことに窓側に移ったのです。

先ほど「リクライニング下げまくりで地獄に仏」などと書きましたが、

やはり地獄にいるのは鬼だけです。

昼間のオフ会で星野源の『地獄でなぜ悪い』を歌った自分を殴ってやりたくなりました。

ここで「後ろの人に一言訊けばいいのに」と思った方もいらっしゃるでしょうが

筆者は非モテ歴29年のコミュ障です。女性に声なんてかけられるわけねえだろうが!

したがってリクライニングなんて夢のまた夢と相成りました。

残り12時間、ここからが『はかた号』の本領発揮です。



第五話へ続く