「琥珀色の恋人」の巻

 というタイトルで真っ先にスジャータを思い出したあなたは確実に35歳を超えています。いわゆるハードルというやつです。「褐色の恋人」とはなかなか気の利いた宣伝文句であるなあと感心します。さて、私の「琥珀色の恋人」ですが、これはほぼスーパーニッカと相場が決まっています。コカ・コーラを横に置くと目薬を混入したかのごとくいくらでも呑めます。しかし、今回は度数は同じだが和製のリキュールの話。
 浅草名物「電気ブラン」です。
 目下、川端の「浅草紅団」を教科書とする講義を受けているのですが、調べてみると昭和初期の浅草というのは賑やかだったそうです。現在はおのぼりさん&外国人のメッカですが、当時はモボやモガで溢れかえっていて丁度今でいうセンター街なみの人があったそうです。後々これがアッシーやみつぐ君がAORのかかったプールバーでビリヤードに興じるわけですが、これはまた80年代の話。
 さて、「電気ブラン」といえば発明者・神谷伝兵衛による神谷バーであります。当時、コップ売りで七銭、正一合十四銭という値段で販売されたそうです。度数は40度。「一杯で天国、二杯で地獄。三杯飲んだらあの世行き」という文句のとおり、強めの酒です。黒ビールとチェイサーで呑るのが主流だそうで、電気ブラン一杯に小ジョッキ一杯程度が丁度いいとか。神谷酒造で作られたこの酒の原料はブランデー、ワイン、キュラソー、ジン、ベルモットその他。この「その他」の部分がそそります。当時から現在でもその成分は明らかになっていません。
 で、呑んでみました。
 神谷酒造は昭和三十年代に合併し、合同酒精となりました。普通に酒屋で売ってます。30度と40度とかあるのですが、近所の酒屋には40度しかなくYEBISUの黒と一緒に買ってきました。冷酒用のグラスに、キンキンに冷やした電気ブランを注ぎます。ウイスキーよりやや済んだ琥珀色。香りは薬品のようです。といっても、合成モノではなく、生薬みたいなオーガニックな匂いです。口をつけてみます。
 甘い……。
 日本酒はその甘さゆえに食事に合わないデザートワインだと言われていますが、それは間違いで、私は魚介類を唯一引き立たせる酒であると確信しています。白ワインと一緒に舌平目のマリネなんぞを食べているのをテレビで見かけますが、あれはただ生臭みが強くなるだけで美味しくはねえだろ、と常々感じる次第です。さて、この電気ブランですが、それを凌ぐ甘さです。甘ったるいという形容が宜しいでしょう。「その他」の部分のひとつは水あめかもしれません。北京ダックにも水あめを使うそうですし、アジアの食べ物では結構メジャーな食材なので充分有り得る話です。なので、これでは食事は出来ません。呑むだけです。普段はウイスキーを嗜んでいる人間なので尚更甘く感じます。ここで黒ビールを一口。すると、甘みがちょっと引いて香りが丸くなりました。。私は黒ビールは重いので敬遠するのですが、これは成程、先人はかくも偉大なものであります。重みが電気ブランの軽率さにベースラインを加えて落ち着かせ、かつ香りを引き立たせているのでしょう。やがて黒ビールの匂いが強くなると、あの甘さが欲しくなります。というわけで、もう一口もう一口とやっているうちに四杯目に突入。ここで私は電気ブランの実力を知ることになります。
 甘くても度数は40。ウイスキー並みです。あの世への片道切符は手にせずにいられたものの、代わりに地獄の閻魔様には拝謁できたようです。つまり、呂律が回らなくなってきました。ウイスキーはあの辛みという刺激から脳が「これは呑みすぎてはいけない」と警告を発してくれるのですが、電気ブランの甘みは検閲を難なく通過し、直接に脳を侵蝕してくれます。一応ビールで薄めてはいます。が、哀しいかな手足の抑制を失い、布団に倒れこんで気がついたら夜明けでした。甘い話には必ず裏がございます。皆様も、ゆめゆめご油断なされませぬよう。
 神谷バーには近いうちに行きます。多分。