「低迷」の巻

 前回はSMについて大いに語ったのだが、読んでしまった人には精神的苦痛を味わわせてしまったことだろう。マイミクシィが8人もいる人間が「フィストファック」とか書いちゃ駄目だろ。大体「フィストファックって何ですか」て訊かれたらどうするつもりだったのだろう。なので今回は軽い内容で書いてみたい。話題は史上最年少での文藝賞受賞作、三並夏の「平成マシンガンズ」である。
 以前に漫才のネタにしたので(要するに笑いものにしたので)やや罪悪感を覚えながら読んだのだが、後ろめたさ余って憎さ百倍というか、この小説をコケにしたことに引け目を感じた自分が阿呆らしくなった。つまり昨年の二作品を超越してつまらなかったのである。昨年の受賞作も揃って駄作だったのだが、「平成マシンガンズ」は輪をかけて酷い。作品ですらないからだ。そもそも審査員の顔ぶれがおかしい。角田光代氏は何となくわかるとして、今や政治屋としての側面しか見えない田中康夫氏とワカモノ文化を無条件で礼賛する高橋源一郎氏である。もうひとりの斎藤美奈子氏はかの「野ブタ。をプロデュース」に対して「文学を読まない人でも楽しめる」と評価した人物である。あれは「文学を読まない人でも楽しめる」のではなく、「文学を読まない人しか楽しめない」作品なのだ。ちなみに来年は角田氏以外の審査員が総入れ替えで、しかも『カンバセイション・ピース』の保坂和志氏が加わるという。英断だ。新潮新人賞の顔ぶれには敵わないけれども。
 作品についてだが、「野ブタ。を〜」を読んだ人なら読まなくていい。主人公を女性に変えればそれで簡潔に完結する。ていうか、読まなかった人でも読まなくていい。わたしは一読に40分を費やしたが、実に無駄な時間を過ごした。それでも途中で投げ出さなかった自分の忍耐力には敬意を表する。以上、作品についてである。これで充分だ。
 文藝賞出身の作家で現在も活動しているのは山田詠美くらいじゃないだろうか。基本的に『群像』とか『文学界』とか違って次へのステップがない賞なので当然といえば当然なのだが、それだけに一発屋の印象が強い。何と言うかバブリーである。その点だけにおいて彼女は評価できるが、他はあまり好まない。今回の「平成〜」でますます現代女流文学に嫌気が差してきた次第である。