「ゆー らぶ ひっぷほっぷ?」の巻

 たまには軽い話でも。「HIP HOP BIBLE」という日本語ラップのコンピレーションCDがある。「黒盤」「白盤」の二枚に分けられているのだが、前者は90年代後半〜2000年代の楽曲が収められている。曰くDABO、S-WORDなど。サグなビーボーイたちにバカウケな感じだ。もう片方の「白盤」であるが、これはほとんど歴史的資料に近い。T1SSにスチャダラの「今夜はブギーバック」、いとうせいこうの「東京ブロンクス」が入っている。いとう氏は言わば日本語ラップはっぴいえんど的な存在なのだけれど、なかなかその事実は認知されない。ところで、このレコードの一曲目は、かの「咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3」である。ラジオ番組「スネークマンショー」に登場する二人が自己紹介をしていくという内容で、日本語ラップの先駆けとしての印象が強い。おそらくここに収録されているのはスネークマンショーの企画ものレコード、通称「急いで口で吸え!」に入っている楽曲と同じものだろう。実はこのヴァージョンはリテイク(作曲は細野晴臣)であり、オリジナルはラジオ放送でしか聴くことが出来ない。こちらはSugarhill Gangの「Rapper's Delight」のバックトラックをそのまま用いており、要するにレゲエでいうところのオケが同じものなのだ。ちなみに放映は1980年4月25日。ここをもって世の通ぶっている人たちは「日本語ラップの元祖ってスネークマンショーなんだよね」と嘯くのだ。

 大ウソである。

 現在、音源として残っている日本語ラップの祖とされるべき作品は、実は100年以上も前に録音されたものだ。おわかりだろうか。1900年のパリ万博、と言えば思い半ばに過ぎる方もおられよう。その名を出すほどわたしは野暮ではない。かくいうわたしもそれを実際に聴くまでは「ごきげんいかが」が最初だと思っていた。それは80年も遡ってしまって大層驚かされた。しかし、そのワンコード構成と歯切れのいい歌詞は紛れもなく日本語ラップであった。世間を斜に構えた姿勢がHIPHOPだと言うなら、その曲はHIPHOPだ。何しろ当時の世相を皮肉っているのだから。かつてワールドツアーを行った彼らの楽曲が、100年の時を越えてわたしの感性を揺さぶるとは。自身が井蛙であることを再確認した瞬間だった。