「Counter」の巻


 ボクシングのテレビ中継を見ていたら「ダウンを取られると目が覚める」という言葉を聞いた。背水の陣というか、一度ぶん殴られて土がついたことによって人間は覚醒するということだろう。
 '99年ごろから渋谷に通い始めた。当時はエピックトランスがブームであって、velfarreのイヴェント「CyberTrance」やらYOJI BIOMEHANICAなどが売れていた。わたしもその渦中にあり、宇田川へ行ってはトランスのレコードを買ったものだ(といってもせいぜい10枚くらいだけど)。その中でも印象的だったのがBARTHEZZの「ON THE MOVE」である。エピックトランス黎明期には「The Beauty of Silence」や「Meet her at the Love Parade」などと並んで回されたらしいが、実際に人気があったのはB面の"Dumonde Mix"と称されたリミックス・ヴァージョンのほうだった。コンピレーションCD「velfarre CyberTrance 01」に収録されているのもこちらである。聞き比べてみるとオリジナルミックスBPMも(Dumonde Mixに対して)若干遅く、展開も盛り上がりに欠けるものだった。わたしもCDで先にリミックス版を聞いたタチで、オリジナルを聞いたときにはがっかりしたものだ。このときのBARTHEZZの心境は決して明るくなかっただろう。確かに元々は自分の曲だし、売れれば金も入ってくる。しかし、クリエイターである以上「リミックス」=「再編成」(しかも他人の手によって)されたもののほうがオリジナルより受け入れられることの複雑さは想像に難くない。かくして、彼は一年ほど経って「Infected」を発表した。ヴォイスサンプルやブレイクなどを巧みに使った曲で、velfarreのファン投票で見事1位を獲得、他のクラブでもヘヴィ・プレイされた(もちろんオリジナルミックスで)という。
 人は壁に当たることを挫折というが、挫折とは畢竟壁に当たることではない。壁に当たって座り込むことである。そして、人によってはそのまま動かないか、後退する。あるいは壁に再挑戦する、別の道を探すなどの行動に移す。果たしてBARTHEZZは挫折を味わい、どのような動きを見せたかは知れないが、完璧に自らの仕事のみでフロアを揺らした。つまり、挫折とはひとつの通過点以上でも以下でもなく、分岐する契機として存在しているに過ぎない。