「現実とは」の巻

 小学生のころに首まで浸かっていたのがアメリカのTVシリーズX-FILES」である。サブカルチャーへ足を踏み入れ始めた時期とも言えよう。第5シーズンあたりから経済的な事情により(つまりビデオを全巻レンタルするだけの小遣いを持っていなかったために)だんだんと遠のいていったのだが、それだけに第3シーズンまでの各エピソードはかなり思い入れが強く、印象に残っている。また、「X-FILES」の特徴としてそのパロディ的要素がある。その要素とは、例えば第1シーズン第5話「機械の中のゴースト」は映画「マニトウ」を下敷きにしているのは明らかだし、同じく第2話「スクィーズ」の暖炉から侵入して殺人を犯すのはポー作「モルグ街の殺人」と同じ構図である。他にも第3シーズン第20話「執筆」では一時期、ごく一部で話題になった「あの」ビデオの内容を再現している。そのシーンを見ながら爆笑したものだ。日本でも放映されたが、何話かが「お蔵入り」されている。第1シーズン第23話「ローランド」がその代表だ。これは知的障害者が、双子の兄である学者(身体のみが死亡し、脳はサンプルとして冷凍保存されている)とテレパスで交信し、兄の研究を横取りした連中を殺していくというストーリーで、やっぱりというかなんというか、「知的障害者」という要素が災いし、日本では未放映となった。
 かくしてリアルに体験していた時期から10年経った現在でも、わたしはこのようにさまざまの事実を記憶している。殊に思い入れが強いのは第2シーズンだ。UFOや異星人といったSFから一転してヴードゥー教や黒魔術などのオカルト的側面が前面に出た印象がある。しかしながら、珪素系生命体やダークマター暗黒物質)、そして、お決まりの異星人などの超自然現象も取り扱っており、やはり「X-FILES」は「X-FILES」だった。が、中でも異彩を放つのが第20話「サーカス」である。ここに登場するのは鱗肌男、無痛症、髭女、シャム双生児など……つまり、映画「フリークス」の再現なのだ。全米で公開禁止になった内容を、テレビで放映してよかったのだろうか。まあ、ほとんどが特殊効果だったりするのだろうけど。
 観客のひとりがそのショックのあまり流産してしまったという「逸話」を持つこの映画は、タイトルどおり「フリークス」=「畸形たち」を扱っており、1932年にアメリカで初公開された。当然、ここに登場する「フリークス」は特殊効果の賜ではない。先天性無肢症のプリンス・ランディアンが器用に煙草に火をつけるという一連の所作に、一切の映像技術は用いられていない。すべてが本物=現実なのだ。彼らのほとんどはまた、見世物小屋の演者であり、つまり、やはり「本物」であった。この映画の山場は、言うまでもなく小人症の主人公と空中ブランコ乗りとの婚姻の席のシーンだ。それは、ラース・フォン・トリアーの映画「イディオッツ」に登場する、「痴呆集団」が駆け回るカットと主題を一にしている。昨年11月に「フリークス」はディジタル・リマスタリングを受け、日本で公開された。そして、今月24日にそのDVDがリリースされる。経済的に余裕があり、未体験の方は是非に、とは言わないが気が向いたら観ていただきたい。たぶんレンタルはされないだろうから。