「質感と価値」の巻

 ようやく学業のほうが落ち着いたので趣味に浸る。とはいっても学業がほとんど趣味みたいなものなので特に苦はないのだけれども。
 少し前にレコードが中高年男性に売れているというニュースを聞いた。なんでも少年時代に買えなかったものを大人の財力でもって購入しているのだそうだ。ほぼ当時と同じ値段で手に入れているらしい。ということは一枚2500円程度。再発CDより1000円高価といったところか。わたしも高校生の時分に中古レコード屋に通い詰めたことがある。YMOと出会ったのもその店で、他にもストーンズだのディープ・パープルだのアース・ウィンド・アンド・ファイヤーだのもそこで買った。7インチなどは一枚100円〜300円程度でなぜか「帰ってきたヨッパライ」が当時と同じ700円で売られていた。平積みされた中からジャケのない「Sunshine of Your Love」を見つけたのもいい思い出である。
 もうひとつ、放射線通りを横に入ったレコード屋にも通った。そこではヒップホップやダンスホールレゲエといった「今風」のものがメインだった。だが、結局わたしがレゲエに手を出すのは宇田川に行き始めてからで、この店では一枚も買わなかった。常に薄暗く、香が焚かれていたような記憶がある。なぜかテルミンバニラコーラ(輸入品)も売っていた。悪名高いCocoa Brovaz「Super Brooklyn」を手にしたのもここだったような気がする。自転車のハンドルにビニール袋をひっかけてバランスを崩しながら家に帰った。
 ここにあげた二軒のレコード屋はいずれもわたしは高校を卒業するころにはなくなった。あるいは移転したのかもしれないが、当時のわたしに彼らを探す余裕などなかった。中古屋のいかにもヒッピーな店主はあの膨大なレコードライブラリーをまだ持っているのだろうか。あの香の強烈な中でDJをしていた店員はどこかのクラブにでも勤めているのだろうか。店はとうの昔になくなってしまったが、時間があるとかつての場所に足を進めることがある。わたしは、あの場所で時の流れ、無常というものを知ったのかもしれない。